霜月|玄猪 炉開き

控えめな目出たさを祝う
その豊かさに心惹かれる

秋深し、今の素材をかごに盛り込み、吹き寄せ八寸に

五穀豊穣、子孫繁栄を祈願する玄猪。それにふさわしいものとして、先附には伊勢海老を使った一品を。〝共に白髪の生えるまで〟と長寿を願う意味合いのある「白髪海老」は、伊勢海老を蒸して、赤い部分を丁寧にとって、白身をほぐして、一本一本繊維に裂くという、非常に手間がかかる料理です。実際、召し上がっていただくとなると、生の伊勢海老を少し炙って焼霜(やきしも)にしたものの方が味では勝るので、通常お客さまには焼霜をお出ししますが、今回の料理にこめた物語として、白髪海老を用意しました。

11月は秋も深まり、いろいろな食材が出てくるので、わくわくする時期です。八寸は、ひとことでいうと「秋の吹き寄せ」。せこ蟹には、さいの目に切った林檎を混ぜ込んだ蟹酢のジュレをかけて、また、柿と皮をむいた黒豆、とんぶりは白和えにと、珍味や海のもの、山のものを豊かに吹き寄せかごに盛り合わせて楽しんでいただきます。

添えている短冊は、「松無古今色(まつにここんのいろなし)」。松は一年中青々とした常緑樹であり、今も昔も変わらない姿をしているという内容の禅語。物事の道理·原理はいつの世も変わることがない普遍的なもので、またそうでなければならないということを説いているそうです。茶の湯の炉開きで、よくお軸として掛けられます。

炉開きは茶の湯の正月ともいわれ、祝いの席であるには違いないのですが、元日の晴れやかさとはまた違い、少し侘び寂びを感じさせられます。「松無古今色」もまた、とても目出度いという文言ではないらしいのですが、祝いの席にこうした言葉をもってくる先人の想いが詰まっている、控えめな目出度さにグッときます。目出度いにもいろいろな形があるんだなと。料理の周辺にある、こうしたことも常にじっくりと考え、面白さを味わえる余裕を持てるようでありたいと思っています。

 

令和五年 霜月の献立

食前酒
先附  伊勢海老焼霜 なます 玄猪包み
御凌  秋さば寿司 龍皮昆布巻 松葉生姜
御椀  くえ葛打ち こも豆腐 ぎんなんすり流し
御造り 明石鯛 秋かます あしらい一式 伝助あなご炙り 辛味大根 ちり酢
八寸  吹寄せ盛り込み せこ蟹りんご酢 まながつお杉板焼き すじこ小蕪和え 柿とんぶり白和え
強肴  ぐじと天然舞茸酒蒸し 紙包み
追肴  和牛ヘレ炙り 海老芋と九条ねぎ
止肴  自家製心太 酢醤油 雲丹
食事  戻りかつお胡麻たれ 大徳寺納豆 銀シャリ 香の物
果物  代白かき 洋ナシ 巣立とシャンパンシャーベット
御菓子 自家製もんぶらん

「玄猪(げんちょ)」とは、「亥の子の祝い」とも呼ばれる収穫祭のこと。亥の月(旧暦10月。現在の11月頃)の最初の亥の日·亥の刻に行われる行事である。中国から伝わったものが、平安時代には宮中行事のひとつとなり、後に民間にも広まった。「亥」は陰陽五行説で「水」にあたるので火災を逃れるとされ、昔はこの日から炬燵や火鉢に火を入れる風習もあった。また、茶道の世界では、釜を夏の風炉から炉に掛け替える「炉開き」が行われる。〝茶人の正月〟とも呼ばれる行事で、茶を嗜む人にとって霜月は特別な月である。

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玄猪の日、宮中や武家では「亥の子餅」という、穀物を混ぜ込んだ餅をつくり、家臣らに与える習わしがあった。その餅の包み方が「玄猪包(つつみ)」。十文字に水引をかけた小箱に、銀杏(いちょう)の葉をあしらった玄猪包の意匠は、茶道具の香合(こうごう)などにも、よく取り入れられる。多産のイノシシと鈴なりにギンナンを実らせる銀杏は、子孫繫栄·五穀豊穣につながる縁起の良い取り合わせである。研覃ほりべでも、霜月の先附は玄猪包に見立てたかたちに。箱の中に敷く皿も、銀杏をかたどったものを使った。