忘れられつつある節句を
重んじ、菊をふんだんに
菊酒で一献。味わえる被せ綿、そして御椀にも菊花を
本格的な秋の到来。10月は、多くの人が待ちかねている松茸をはじめ、子持ちの鮎、名残りの鱧(はも)など、この季節ならではのごちそうに事欠きません。そうした食材を使いつつ、今月は菊をたっぷりと楽しんでいただけるようにと、献立を考えました。
食事のはじまりに、「今日のお料理は、重陽の節句にちなんでいます」とお客さまに申し上げると、ほとんどの方が「はて?」という表情をなさいます。かくいう私自身も、10年ほど前まではさまざまな節句をきちんとは知らなかったので、無理のないことかもしれません。「五節句のうちのひとつで、一番重要とされていますが、現代では一番忘れ去られた節句です」と伝え、菊の花についてもご説明します。
まず、食前酒には菊酒を。盃に水を打って菊の花びらを2~3枚散らしておき、清酒を注いで一献を、という趣向です。
先附の器にあしらった本物の菊は、極めて薄い綿にくるんだ「被せ綿」を模した飾り。ですので、器の中には、食べられる被せ綿を用意しました。酒蒸しした渡り蟹をほぐし、梨のソースをかけ、大豆レシチンの泡を綿に見立てて飾ります。
煮穴子の御椀の吸い地(吸い物だし)には、菊の花弁を浮かべて。
八寸は色違いの菊の葉皿を使って料理を盛り、菊の香合(こうごう)にはすっぽんが入ります。添えた短冊は、「秋菊有佳色(しゅうぎくかしょくあり)」。秋の菊がきれいに色づくさまを、中国の詩人・陶淵明が詠んだ作品の冒頭の句です。こうして改めてみると、まさに菊づくしとなりました。
料理人として、おいしいものを提供するのは当然ですが、当店で過ごした時間や料理で心豊かになってもらえたらいいなと、最近、とみに思うようになりました。失われてしまいそうな重陽の節句のような文化なども、伝えていく使命を感じています。
令和五年 神無月の献立
食前酒 菊酒
先附 渡り蟹梨のソース 被せ綿
御凌 栗飯蒸し
御椀 京の小蕪と煮穴子の菊仕立て
御造り 明石鯛へぎ あしらい一式 戻りかつお胡麻たれ
八寸 ごり 銀杏 栗せんべい 穴子八幡巻き 車海老 からすみ・すっぽん味噌
強肴 秋鱧 松茸 鍋仕立て
追肴 子持ち鮎たれ焼き へれ肉炙り
食事 秋鱧佃煮 銀シャリ 香の物
果物 季節の果物
御菓子 自家製もんぶらん