長月|お月見 芋名月

まずは一献、幸運の「ツキ」
銀杯を手ずから

今、旬を迎える天然すっぽんを遊び心のある鍋仕立てに

今月の食前酒は「月見酒」。といっても徳利の中に満たしてある日本酒は、特に変わったものではありません。ふだん盃は、お客さまのお手元近くにセッティングしておくのですが、今回は盆に乗せて差し出します。

「どうぞ幸運の〝ツキ〟をお取りください」

月になぞらえた銀杯に、ご自身で手を伸ばしていただく趣向が肝要。「ああ、そういうこと」と、会話が成り立つ時間も楽しんでいただけたらと思っています。

まずは先附で一献。長芋短冊は昆布押しにして味を乗せ、素麺のような細さに切ったもの。塩っけが強いこのわたのインパクトがある味わいも、キリッとした清酒とよく合います。献立全般に、キーワードとなる「月」「芋」を意識した食材を散りばめて、遊びのある流れとなりました。

八寸は芋の葉の上に盛りつけを。新小芋を使い、塩雲丹と大徳寺納豆を射込んだ一品に仕上げます。さらに分かりやすく、月を召し上がっていただこうという料理が強肴(しいざかな)の「月とすっぽん鍋」。具材は天然もののすっぽんと、満月の形にしたすっぽんだしの玉子豆腐のみで、葱と生姜を効かせたものです。実はすっぽんの旬は秋と春。とくにこの時期、冬眠に向けて夏からしっかりと餌を食べ栄養を蓄えたすっぽんは味がよく、要らんことをせず、シンプルに召し上がっていただくのが最高。ちょっと笑っていただけるような、ひょうきんな料理名ですが、この時期にお出しするのが理にもかなっており、定番にしています。

今月、料理に添えた短冊のうちのひとつ「掬水月在手(みずをきくすれば つきは てにあり)」は、中国の詩人・于良史(うりょうし)の漢詩の一節。〝水面に映る月、その水を両手ですくうと、その手の中に月が写っている〟という美しい眺めを詠んだものなのですが、この月という言葉を〝真理〟とみなす解釈もできるといいます。水を手に掬(すく)うという行為=精進をすることにより、気がつけば一人一人の中に真理はある、と。遠くの目標に到達するためには、きちんとアクションを起こさないとならないとの言葉は背筋が伸びます。

令和五年 長月の献立

食前酒 月見酒
先附  車海老 長芋短冊 このわた
八寸  あわび味噌漬け 新小芋 鱧の子 蛸の子旨煮 茗荷芋すし 栗せんべい 香茸
御凌  渡り蟹沖漬け・生雲丹の寿司
御椀  秋鱧おくらとろろ
御造り めいち鯛 あしらい一式 戻り鰹
強肴  月とすっぽん鍋
追肴  ぐじと銀杏の春巻き
替皿  秋鱧魚そうめん
食事  新物すじこ 銀シャリ 香の物
果物  梨ジュース シャインマスカット
御菓子 自家製くずもち

中秋の名月とは、旧暦八月十五日(十五夜)の夜の月を指す。〝月を愛でる〟習慣は縄文時代ごろからあったといわれるが、お月見が正式な行事となるのは平安時代。中国から仲秋節が伝わり、宮中の貴族たちは月を愛でながら詩歌管絃を楽しむ「観月(かんげつ)の宴」を盛んに行っていた。平安貴族たちは優雅に、月を直接見ることをせず、池や杯に月を映して宴を楽しんだという。京都では今も、八坂神社や松尾大社、北野天満宮、大覚寺といった各所で中秋の名月の時期に月を愛でる催しがとり行われている。

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「観月の宴」はやがて、秋の恵みに感謝する収穫祭として庶民のあいだでも親しまれるようになっていく。旧暦のこのころはちょうど里芋の収穫時期にあたり、豊作祈願に供えたことから、十五夜は「芋名月」とも呼ばれる。余談になるが、京都の月見団子が、しずく型のだんごにこしあんを巻き、里芋に見立てた形なのもそこに由来するという。研覃ほりべでも、店内のそこかしこに、すすきが揺れ、夜空に月が昇る秋の風情を意識した設えや器が登場する。