葉月|盂蘭盆会

氷、ガラス、釣瓶、蓮。
水を想わせ、涼感を招く

きりりと冷やした葛切りを、生姜風味で爽やかに

その昔、江戸時代ごろまで夏の氷は入手困難で、宮中の貴族などしか味わえない、権力の象徴のような存在だったといいます。現代において氷は珍しいものではありませんが、これだけ大きな氷の器は流石にインパクトがあるようで、先附を見た瞬間、「え! これほんもん?(=本物の氷?の意)」と、鉢のふちに手を伸ばすお客さまも少なくありません。

氷鉢は真四角な氷を削って、ひとつひとつ作ります。料理を盛り付け、提供する頃に少し溶けて透明感が出るよう見計らうなど、時間が勝負。気が抜けませんが、蒸し暑いここ京都で、目にも涼しく、贅沢を味わっていただける喜びは苦労に勝ります。器に盛り込んだのは、葛切りと岩もずく、雲丹。葛切りには生姜を加え、酢醤油の地(じ)にも生姜のしぼり汁を落とし、爽やかな味わいに仕上げました。

続く御凌は、オールドバカラの蓋物で提供。ガラスの器は涼しげで、一見、冷たいお料理のようですが、実はあわびを使った飯蒸しが入っています。先の葛切りで口の中がひんやりとしたところへ、さらに冷たいものがくるのはいやなので、温かな料理を用意しました。ガラスの器も温めてあります。

御造りを盛るのは、釣瓶(つるべ)を模した器です。御造りは氷鉢とも相性が良く、ここで登場させてもよかったのですが、今回の献立では、何といってもはじめに氷鉢をもってきたかった、そしてそれが成功したように感じています。

八寸に添えた短冊は、「青山元不動(せいざんもとふどう)」「山是山水是水(やまこれやま みずこれみず)」「夏雲多奇峰(かうんきほうおおし)」。いずれも自然を描写したもので、本質的で変わらないものがあると説くなど禅語らしい意味合いを含む言葉ですが、夏の風景が目に浮かぶような爽快な印象を受けるものを選んでいます。

こうして改めて振り返ってみると、見た目の涼やかさにこだわった葉月の献立は、氷鉢に始まり、クリスタルガラスや釣瓶、蓮と、多くは水にまつわるものがテーマとなっていたことに気付きます。

令和五年 葉月の献立

食前酒 稼ぎ頭
先附  生姜の葛切り 岩もずく 雲丹 氷鉢盛り込み
御凌  あわびの柔か煮飯蒸し 肝よごし
御椀  毛蟹ともろこし真丈 芋茎
御造り 目板かれい 鱧と鱧の子和え あしらい一式
八寸  新銀杏翡翠 蛸の子煮 くらげ胡麻酢 ごり 和牛へれローストビーフ
焼物  琵琶鱒炙り 蓼酢 あしらい
替皿  おくらすり流し 車海老 新小芋煮
強肴  鱧黄味煮
食事  天然鮎めし しじみ赤出汁
果物  桃ジュース 巨峰 ラムネのジュレ
御菓子 かき氷 抹茶蜜

盂蘭盆会(うらぼんえ)とは、お盆の正式名称である。京都で広く知られる盂蘭盆会の行事といえば、「五山送り火(ござんおくりび)」。盆の入りに各家で迎えた〝おしょらいさん(=先祖の魂)〟を、盆明けとなる8月16日に再びあの世に送り出すために行われる。
当日の午後8時、まず東山如意ヶ嶽(にょいがたけ)の「大文字(だいもんじ)」に点火。次いで京都を囲む山の中腹に「妙法」「船形」「左大文字」「鳥居形」の文字や形が炎で描かれ、夜空を焦がすような送り火は、1時間ほど静かに燃え続ける。大勢の人が山々を見つめ、中には亡き人を思ってそっと手を合わせる姿も。その様子はどこか幻想的で、古都の夏の風物詩として親しまれている。

〈写真〉
真夏に見頃を迎える蓮。泥水の中で育っても、汚れず清らかに咲くことから仏教では〝清浄無比の花〟と尊ばれ、蓮の花・葉はお盆の飾りや器として使われる。また鬼灯(ほおずき)は、そのふっくらとした形状と炎のような色を盆提灯に見立て、先祖が迷わず帰って来られるようにと飾られるという。
研覃ほりべの葉月の献立にも、例年、蓮の葉はよく登場する。今年は八寸を蓮の葉で包み、飾り結びの白い水引を解くと、中には季節の食材を盛り込んだ鬼灯が現れる。蓮の葉の緑と鬼灯の朱のコントラストが印象的な取り合わせとなった。