水無月|夏越の祓 氷の節句

涼やかな氷室仕立てに
無病息災の願いを託す

ごま豆腐に小豆を乗せ、水無月と見立てて

「水無月の 夏越の祓 する人は 千歳(ちとせ)の命 のぶといふなり」との歌が平安時代に編纂された拾遺和歌集に残っています。一年の半分を終え、これから酷暑の季節を無事に乗り越えたいとの願いは今も昔も変わりません。私が料理に節句を反映させるのは遊びの世界ですが、古の人々の験担ぎや祈りを調べ、思いを馳せると、生命の源に訴えかけてくるものがある気がします。

今月、玄関に設置した茅の輪と料理に添えた短冊には、「六瓢息災」と書きました。瓢箪(ひょうたん)はその末広がりの形状から縁起がよいと好まれ、特に6つの瓢箪は、〝六瓢(むびょう)=無病〟につながり、吉祥の意匠とされています。店内の設えに瓢箪そのものを飾るほか、食前酒を飲んでいただくのにも、くりぬいた瓢箪をカットし、金箔を施した酒杯を選びました。

先附は水無月豆腐。これは氷を模した水無月のかたちが肝心で、今回はごま豆腐です。添えたのは岩もずくと雲丹。濃口しょうゆで作ったべっこうあんをとろりとかけ、小豆とわさびをあしらいます。細かく砕いた氷を丸くかまくらのようにした氷室仕立てが、ひんやりと見た目にも涼感を与えるのは当然ながら、敷いた純銀の皿も氷を連想させ、涼やかさを演出するのに一役買っています。

少し話は変わりますが、最近、私が仕事で大切にしたいものは何なのかと考えると、そのひとつはやはり「遊び」なのだと思い至りました。その意味では、今月、止肴でお出ししている高野(こうや)柔煮は、その最たるものかもしれません。素材はごく普通の高野豆腐ですが、魯山人の著書「料理王国」で知った下ごしらえを丁寧に施すと、驚くほど柔らかな食感に。今回の献立の流れでは、ふかひれという誰もが満足する高級食材の次に、見た目も地味な高野豆腐がくる…でもそれが実にいい仕事をしている、という落差が、自己満足かもしれませんが料理人としてはとても面白いのです。

令和五年 水無月の献立

食前酒
先附  水無月豆腐 蓴菜 氷仕立て
御凌  渡り蟹ばら鮨 青朴葉盛り込み
御椀  牡丹鱧 賀茂茄子
御造り 活とり貝 鱧焼霜 あしらい一式
八寸  茅の輪盛り込み 三度豆胡麻和え 車海老 和牛しゃぶ 旨出汁ジュレ もろこしかき揚げ いたどり 青梅蜜煮
焼物  琵琶湖鮎塩焼き 蓼酢
強肴  ふかひれ炙り 芋茎 鼈甲餡
止肴  高野柔煮 岩茸辛し和え 振り柚子
食事  天然うなぎたれ焼き 銀シャリ 水茄子糠漬け
御菓子 自家製葛焼き
果物  メロンジュース 巣立とシャンパンシャーベット

旧暦の6月1日は、氷の節句。この日に氷室の氷を口にすると、夏痩せしないで元気に夏が越せるとされ、平安時代の宮中では〝氷室の節会〟が行われていた。しかし、当時の庶民にとって暑い時期の氷は高嶺の花。そこで、氷に見立てた白いういろうに、邪気を払うあずきを乗せた菓子・水無月を食べるようになったという。やがて水無月は夏越の祓(なごしのはらえ)の行事食として広まり、京都では特に定着している。

〈写真〉
〝茅の輪(ちのわ)くぐり〟は、夏越の祓の行事。茅(ちがや)で作られた大きな輪をくぐって心身を清め、無病息災や家内安全を願う。研覃ほりべでは、毎年この時期、玄関に茅の輪を用意するのが恒例となっている。茅の輪くぐりの作法は諸説あるが、一般的には唱え詞(となえことば)を唱えながら三周する。お客さまには、〝神事ごとのお下がり〟の趣向として、来店時とお帰りの際、そしてお食事時に八寸の「茅の輪盛り込み」とで、三度の茅の輪くぐりを楽しんでいただけるようにした。