卯月|清明と穀雨

やはり、桜。
花見の馳走は光琳の逸話に想いを馳せて

口直しには青ぜんまいを乗せた蕎麦を、ほんの少し

爛漫の春。浮き立つような気分に合わせて、まずお出しする食前酒に少し仕掛けを施します。伏せた盃の内側に桜の花びらを忍ばせておき、手に取ったとき、はらはらと散る桜の木の下の花見を連想させるような、ちょっとした驚き。桜の花弁は、瑞々しいまま保存することが難しく、ごく限られた期間の愉しみでもあります。

卯月は八寸も、にぎやかに。花見団子見立てとし、海老、吉兆玉子、穴子の八幡巻き、そして鯛の子、花丸胡瓜のもろみ漬け、鱒(ます)を串に刺し、「光琳笹(こうりんざさ)」の上に盛りつけます。竹の皮に金箔を施したものを指すのですが、これには江戸時代の絵師・尾形光琳の有名な逸話があるといいます。

〝その昔、光琳が嵐山に仲間と花見に出かけたときのこと。皆は贅を凝らした山海の珍味を盛り込んだ弁当を携えてきているのに、光琳は竹の皮に包まれた質素な握り飯を食べている。「光琳ともあろう人が……」と皆は不思議に思っていたが、食べ終えた光琳が大堰川に流した竹の皮には金銀をぜいたくに使った蒔絵が施されており、桜と蒔絵による見事な風景に、皆が感嘆したという〟

その場で話題が器に及ばなければ、説明はしないのですが、もしお客さまに、「やらしいこと、しよんな」と、ニコッとしていただければ嬉しい。ちょっとしたところに物語が隠れているというのが、好きです。

隠れているといえば、もうひとつ。止肴(とめざかな)の「青ぜんまい手打ち蕎麦」について。メインのお肉や、揚げ物を召し上がった口の中をさっぱりとさせる一口サイズのお蕎麦に乗せる青ぜんまいは、丁寧にゆでこぼしたあと、美味しいお揚げで落としぶたをして炊くのですが、完成したらお揚げは賄いに。表には出さない、味の引き立て役です。さりげないものほど、実は手が込んでいたりもする。私が向き合っている料理の奥深さと魅力です。

令和五年 卯月の献立

食前酒 桜酒
先附  白魚 ばち子 片栗の花 わらび
御椀  京若竹 うすい豆真丈
御造り 明石鯛 雲丹 針いか さより あしらい一式 ぼんぼり盛り込み
八寸  飯蛸旨煮 空豆かき揚げ 穴子八幡巻き 吉兆玉子 甘海老酒盗和え赤貝桜鮨
焼物  朝堀筍と和牛ヘレ塩釜焼き
強肴  蛤おかき揚げ 山菜
止肴  青ぜんまい手打ち蕎麦
食事  生しらす御飯 龍の卵 香の物
果物  でこぽんゼリー寄せ
御菓子 桜練り切り

4月のはじめ、二十四節気では清明(せいめい)と呼ばれる期間を迎える。清明は、春先の清らかで生き生きとした様子を表す〝清浄明潔(しょうじょうめいけつ)〟との語を略したもの。春分の日から約15日後、まさに清々しく明るく美しい季節の到来。京のまちも、あちこちで桜の花が咲き誇り、この時季恒例、祇園の「都をどり」の舞台が幕を開け、一気に華やぐ。4月下旬には、春の最後の二十四節気・穀雨(こくう)へ。季節は晩春となり、徐々に夏へと移り変わっていく。

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春に欠かせない食材といえば筍。なかでも京都産の筍は、美食家として名高い北大路魯山人が、「噛みしめて著しい甘味があり、香気がすこぶる高い」と絶賛したという。今年の献立では塩釜焼きで登場するが、筍の姿かたちをシンプルに見せるため、細かく庖丁を入れたものにさっと醤油を塗り焼いただけ、で用意した。花山椒の緑がきりりとさわやか、柔かに香る。