弥生|桃の節句

〝春来草自生〟
器の流れに料理を嵌め込む

瑞々しい空豆の緑で春の芽吹きを

毎月の献立を決めるにあたって、〝遊び〟を大切にしています。ざっと器を並べるところからはじめ、形や色はどうするか、陶磁器か漆器か、塗りか染付か、ガラスも……、などと眺めているうちに、どの器にするか決まってきます。食材や料理が先ではないのかと、不思議に思われるかも知れませんが、そうすると使うものが自ずと固定されてしまいがちに。器をいかした構成に、何を嵌(は)めこんでいくのかイメージを膨らませる方が、面白くなる気がしています。

料理には、いつも禅語を書いた短冊を添えており、今月は「春来草自生(はるきたりて くさ、おのずからしょうず/意味:春の陽光は、冬の長い眠りの中にあった万物に、再び新しい生命力を与えてくれる)」「桃花千歳春(とうかせんざいのはる/同:桃の花は千年変わらぬ春を告げて無心に咲いている)」という言葉を選びました。

「三寒四温」ともいうくらい、月のはじめはまだ肌寒い日もありますが、季節は少し先取りで。前月の20日ごろにはお料理を変更するのが常です。
今月は、陽春がテーマ。まず使いたいと考えたのが、旬の空豆でした。とあるお店でいただいた洋食から着想を得て、飯蒸しに。火を通した瞬間、瑞々しいサヤの青みの香りがたちます。そのおいしさを含んだもち米に、塩けを足すために、ばちこを刻んだものをふわり。鮮やかな緑と黄金色の組み合わせが、春の大地、春の光や野の花を思わせる取り合わせです。もち米の白さは、清浄な残り雪にも見立てられます。

そして、もうひとつ。実はいつも〝染みるしごと〟というのを念頭に置いています。お客様からは見た目も華やかで、食べた瞬間、はっとするような味わいを常に求められることを感じています。ただ、〝胃の中に届いてから、しみじみおいしい〟という、ある意味、時代遅れのような料理も大切にしたいと考えています。止肴の飛龍頭(ひろうす)は、それにあたるかも知れません。
冒頭の器選びの話にもつながりますが、季節を反映した器は、通年では使えず効率の良いものではありません。しかし、瞬間を切り取ったものだからこそ、私にとっては心に響きます。舌も心も満たせる料理と室礼とは…。常に尽きることのない課題です。

令和五年 弥生の献立

食前酒 白酒
先附  白魚酒蒸し 春野菜
御凌  空豆飯蒸し 自家製からすみ削り(または自家製ばちこ)
御椀  地はまぐり葛打ち 鶏卵葛豆腐
御造り 天然明石鯛 赤貝 さより 針烏賊 平貝など あしらい一式
八寸  生このこ カステラ玉子 甘海老酒盗 鱒(ます)難波焼き 雛飾り盛り込み
焼物  特大子持ちもろこ
強肴  牡丹鍋 筍
止肴  自家製かに飛龍頭
食事  煮穴子と車海老の蒸し寿司
果物  せとか生絞り 蘇(そ)と箱蜜
御菓子 自家製うぐいす餅

3月3日は、五節句の二番目にあたる「上巳(じょうし)の節句」。節句とは、中国の〝陰陽五行説〟を由来とし、古くから年中行事を行う節目の日をいう。中国では、上巳の節句に水辺で身体を清め、宴会を催して、災厄を祓う風習があり、これが日本に伝わった。ひな人形を飾るのは、平安時代に宮中の貴族の間で流行した「雛遊(ひいなあそび)」が原型だとか。また、江戸時代に京都御所で豪華な「雛祭り」が催されたことで、女の子の健やかな成長を祈願する華やかな祭りとして受け入れられるようになったといわれる。

〈写真〉
八寸。菱型の高台に雪洞(ぼんぼり)を立て、器もひな祭りのお菓子「ひちぎり」やはまぐりをかたどったもの。奥の掛軸には、向かって右側にお内裏様(男雛)、左側にお雛様(女雛)を飾る「京雛」が描かれている。